公益財団法人日本醸造協会 代表理事・会長石川雄章

12月
05
2011

公益財団法人日本醸造協会代表理事・会長石川雄章

ご氏名をお願いします

石川雄章

現在のご所属などは?

公益財団法人日本醸造協会 代表理事・会長

思い出の醸造物 or 好きな醸造物 or 最近はまっている醸造物などを一品教えてください

一品というご要望でしたが、どうしても2品紹介したいと思います。納豆は醸造物に入るかどうか、いささか疑問が残りますが、あえて忘れ得ぬ一品として紹介させて頂きます。
① 鑑評会に出品予定だからといってきき酒を求められたO酒造の吟醸酒
② 故郷盛岡の「桜城納豆」

その理由やその醸造物にまつわるエピソードをぜひ!

① 清酒をきき酒で5点評価などするときに、私は頭の中に、1から5までの物差しを描く。そこで「1」に対応させる酒が、今から10数年以上前にきき酒を求められたO酒造の吟醸酒である。「石川さん、今度全国にこれを出品したいが、どうだろう?」と杜氏さんから感想を求められた一品である。この酒の香も味もこれまで利いた酒の中で最高であった。だからこそ、物差しの1に置いた。その後しばらくの間、この酒を超える酒に巡りあっていなかった。もちろん、限りなくそれに近い酒には何度となく巡りあっているが…。ところが、今年の全国鑑評会で、この酒に同等の酒に再会した!。文句付けようが無い金賞酒であった。「この酒は絶対1だ!」なつかしかった。それがこともあろうか、また、O酒造の吟醸酒である。現在は社名が変わり、杜氏も交代しているが奇跡である。感激した。M杜氏さんの笑顔とともに10数年前が昨日の出来ごとのように蘇った。
② 小中学校時代であるから、半世紀以上も前のことである。当時は例のラッパを吹きながら豆腐といっしょに経木で三角形に包んだ納豆を売っていた。それを求めて朝食となるのだが、寒い朝など、ほんのり温かい納豆の包みを開くと、かすかに湯気が立ち上るのである。香りも何とも言えぬ香ばしさがあった。発酵室から出したばかりの納豆なのである。それに醤油をたらして、炊きたてのご飯に乗せて頂く。薬味も何もいらないあの味と香りが忘れられない。残念なことに我が家から数100メートルほどのところにあった桜城納豆さんは、今はもう無いという。
昨今、帰省して食べられるのは、同じ系列の納豆菌だと思われる丸勘商店さんの盛岡納豆である。湯気こそ立ち上がらないが、香ばしさは桜城納豆にひけをとらない。
盛岡納豆のラベルには「大正10年盛岡高等農林教授村松博士指導日本初工業化第1号納豆」と書かれている。村松博士とは納豆菌の発見者とされる村松舜祐博士のことで、丸勘商店さんの求めに応じて納豆の工業化を指導したのだという。この村松博士発見の納豆菌が今や「成瀬菌」として受け継がれて全国的に使われていることを知ったのは、村松博士と共著で最新納豆製造法(昭和25年刊)を世に出した博士の愛弟子成瀬金太郎助教授のご子息成瀬 済氏(現、(株)成瀬醗酵化学研究所社長)と知己になってからである。

このお写真についてお聞かせください

私は、略歴にも記載したように、酒造技術に関する研究と技術指導に携わってきたが、この間を通して離れなかった業務は酒類の評価、つまり「きき酒」である。きき酒とは「お酒との対話」であるとの考えに立って、きき酒をとおしてお酒の声に耳?ならぬ、嗅覚と味覚を傾けている。これは、平成20年南部杜氏協会自醸酒鑑評会でのひとこまである。

2008年4月 岩手日日新聞社提供

ご略歴

   昭和16年岩手県盛岡市出身、岩手大学大学院農学研究科 修了

昭和42年国税庁に入り、国税庁醸造試験所(現、独立行政法人 酒類総合研究所)、 東京、仙台、金沢の国税局鑑定官室に勤務。ほかに秋田県醸造試験場長(同県商工労働部参事)、金沢国税局酒類監理官、国税庁鑑定企画官を歴任し、平成12年国税庁醸造研究所長を最後に退官。同年10月から(財)日本醸造協会 理事、常務理事、副会長、平成23年9月から代表理事・会長。この間、酒造技術の研究や技術指導、酒類行政に携る。

ご趣味

音楽、宝生流謡曲、山歩き、野球観戦

最後に今後の抱負や期待することを教えて下さい!

お酒のみならず、わが国の伝統的なスローフードであるいろいろな醸造飲食品に対する理解を広める仕事に携わり、わが国の豊かな食文化の涵養に寄与できることを願っている。
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