「縄張り争い」は清水次郎長の世界だけの話ではありません。酵母の世界でも、種族を守るために同属異種の排除に刺客を差し向ける輩がいるのです。
その名もズバリ「殺し屋酵母」、キラー酵母とよばれる酵母です。キラー酵母はキラー因子(キラー毒素とも称します)という特別なタンパク質を撒き散らし、か弱い感受性酵母を死滅させてしまいます。清酒酵母はか弱い酵母、つまりキラー酵母に対する「感受性酵母」なのです。ここで注意していただきたいのは、キラー因子は同族の酵母にしか作用しません。他の生物に危害を及ぼしたり、勿論われわれ人間の健康を損ねるということはありませんのでご安心ください。
 今回は、酒母や清酒もろみにこの酵母が出現したときの恐ろしさと、この殺し屋を手なずけて上手に使う技についてお話します。


1.キラー酵母の発見とキラー酵母に汚染されたもろみ
   同族異種の酵母を消すその名もズバリ「キラー酵母」

 酵母のキラー現象は、1963年イギリスのベヴァンとマコーワによって初めて発見されました。その後、ビールやワイン醸造の現場で見つかり、昭和42年(1967年)には、わが国の清酒もろみや麹、焼酎もろみなどからも見つかりました。醤油酵母や味噌酵母の中には、耐塩性キラー酵母、すなわち食塩が存在するときにキラー性を発揮するものも見つかっています。
 キラー酵母が見つかる以前から、「もろみのアルコール発酵が途中で止まる」「もろみの泡がいつまでも重く、粘る」「すっきりした芳香が立たない」など、理由は判らないが良いお酒ができない蔵があったといいます。調べてみると、このような蔵の多くは、もろみがキラー野生酵母に乗っ取られていることが判明しました。


 

2.キラー酵母は100人切り
 酒母を仕込むときには「きょうかい7号酵母」など優良清酒酵母をたくさん添加するのですが、もし、麹などにキラー野生酵母が潜んでいると、いずれ最後はキラー野生酵母に乗っ取られてしまいます。キラー酵母は100人切りも可能ですから、優良酵母が数にして 100〜150倍 でもやられてしまいます。
 キラー酵母の武器、キラー因子は酸性に弱いので、乳酸を使わない生もとや山廃もとは特に危険です。乳酸を使う速醸酒母でさえ、キラー酵母にやられることがあります。

3.キラー因子とは
 キラー因子はタンパク質ですが、いろいろなタイプがあり、K1〜K11など10種以上に分けられます。清酒酵母(S. cerevisiae) でよく知られているのは K1 タイプのもので、分子量が1.85 Kd(18,500)のタンパク質です。このキラー因子が酵母の細胞膜の特定部位に結合して、H+の排出を阻害することによって、アミノ
酸を細胞に取り込めなくし、結果として細胞内のpHを下げ、K+やATPが漏れだし、
酵母を死に至らしめます。
 キラー酵母自体には、キラー因子の細胞膜への結合が阻害される仕組み(免疫機能)がありますから、自分自身がつくるキラー因子から守られます(免疫機能といいます)。キラー因子をつくらない酵母の中にも元来免疫機能を有する株があり、
キラー因子で殺されません。このような株は「ニュートラル」と称します。
 K1 タイプのキラー因子をつくる情報は、酵母細胞の中に寄生するウイルス様顆粒体からもたらされ、宿主酵母の細胞核の遺伝情報との相互作用によって制御されます。

シャーレ全面の白い斑点は感受性酵母のコロニー。
POはキラー因子をつくらない酵母で、感受性酵母はPOに接して生えている。
 PKはキラー酵母で、その周囲では感受性酵母が殺され/生育できないため、空白のエリアができる。また、青い輪郭は感受性酵母が死滅して、メチレン青という色素で酵母細胞が染まっているからです。

 

4.Saccharomyces cerevisiae 属以外の酵母では
自然界では、かなり広く分布しているようですが、特に多いのは、漬物などにみられる産膜酵母と称される Pichia 属に多くみられます。一方、毎年カビ(Pichia amomala:産膜酵母)が発生する漬物工場では、たまたまカビが発生しない年があり、調べてみるとこの年には食塩存在下でより強いキラー性を発揮するDebaryomyces hanseniiに産膜酵母がやられていました。

5.キラー性を上手に使う技
キラー感受性の弱い酵母、たとえば清酒酵母にキラー性を持たせる。つまりウイルス様顆粒体を持たせて清酒酵母を武装させようというわけです。そうすると、外からの野生酵母の汚染を防ぐことができるからです。これは、バイオ技術でうまくいきました。
 ワイン醸造などではブドウに付着している野生酵母を淘汰する有効な手段となります。しかし、清酒醸造では実用化が見送られました。吟醸酒などで、他の酵母を使えなくなる心配があるからです。もろ刃のヤイバなんですネ。

 もっと詳しく知りたい方のために
1)改訂 清酒酵母の研究,清酒酵母研究会 編(1980)
2)大内弘造、山本哲郎:微生物 Vol.2,No.1,p.27,医学出版センター(1986)
3)吉澤 淑ほか 編著:酒の事典,朝倉書店(2002)

 

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「Part 1 清酒酵母ってどんな生き物?」はこちらから

「Part 2 清酒酵母ってどんな生き物?」はこちらから

「Part 3 清酒酵母のアルコール発酵(その1)」はこちらから

「Part 4 清酒酵母のアルコール発酵(その2)」はこちらから

「Part 5 清酒酵母の系譜しらべ」はこちらから

「Part 6 酵母ちいう名前の由来」はこちらから

「Part 7 泡なし酵母物語」はこちらから

「Part 8
酵母の変り種−赤い清酒酵母−」はこちらから

「Part 9 酵母はつらいよ!−ストレスとその克服−」はこちらから